山口地方裁判所 昭和33年(ワ)171号 判決 1959年3月23日
原告 藤井了
被告 熊毛町
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告は原告に対し金十万円およびこれに対する昭和三十三年六月十一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、熊毛町長有馬貢は、原告に対する昭和二十七年度第三、四期分同二十八年度ないし同三十二年度分各固定資産税、同二十八年度、同二十九年度、同三十一年度、同三十二年度各第一期分、同三十年度分各町県民税、同二十八年度ないし同三十一年度分自転車荷車税、同三十年度ないし同三十二年度分国民健康保険税ならびに督促手数料、延滞金、滞納処分費の滞納額合計九万七千二百五十円の徴収のため、昭和三十三年四月二十四日、地方税法に基づく滞納処分として原告所有の別紙目録記載(一)ないし(六)の各不動産を差押え、同年五月十日付で、右各不動産を同月二十六日に公売に付する旨の差押財産公売通知書を原告に送付し、同月二十六日、別紙目録記載(三)の山林につき入札の方法により公売を行い、四十一万一千六百八十六円の入札をした訴外藤井清を落札者と定め、同人より公売代金四十一万一千六百八十六円の支払がなされるや右代金中より九万七千二百五十円を滞納額に二千七百九十円を公売処分費に充当し、同月三十一日、別紙目録記載(一)(二)(四)(五)(六)の各不動産に対する差押を解除し、同年六月九日、公売代金の差引残額三十一万一千六百四十六円は原告がその受領を拒否したため山口地方法務局徳山支局に供託し、原告は、同年七月九日、右供託金を受領した。しかしながら右公売は以下の理由により違法である。
即ち、
(一) 別紙目録記載(一)ないし(六)の各不動産の時価合計は原告の滞納額を遥かに上廻り、右滞納額に対する差押の限度を超過するに拘らず、熊毛町長有馬貢は敢えて差押の限度を無視して別紙目録記載不動産全部について差押をなしたもので、斯る超過差押は違法であり、違法な差押を前提としてなされた公売も違法である。
(二) 仮に右の点の違法は差押の解除により治癒されているとしても、公売に付された別紙目録記載(三)の山林の時価は立木価格八十万円、土地価格三十万円計百十万円に達し、立木価格のみでも滞納額を遥かに上廻り右滞納額に対する公売の限度を超過し、原告所有の前記差押不動産中には滞納額を収納するに足る不動産でより低価格のものが存するに拘らず、同町長は公売の限度を無視して敢えて別紙目録記載(三)の山林を公売に付し、而もその際立木と土地とを分離し孰れか一方のみ公売に付する手続すら採らず、立木と土地とを一括して公売を行つたもので、斯る必要限度を越えた公売は違法である。
(三) 原告は、同町長のなした前記差押について、同年五月八日、同町長に対し滞納税額中自転車荷車税を除く各税額の算定基礎等に関し釈明を求め適法な異議申立をなしたのであるが、斯る異議申立に対して、滞納処分執行者たる町長は、文書を以て、理由をつけた異議の決定をなし、その決定書を異議申立人に交付しなければならないのに、同町長は同月十日付を以て、異議申立についてはその理由を認め難きにつきこれを却下すると記載した外に何等理由の記載のない異議申立却下通知なる文書を原告に交付しただけで、理由を付した決定書を交付しないまま公売を実行したのであるから斯る公売手続は違法である。
(四) 前述の如く、同町長は同年五月十日付で差押財産公売通知書を原告に送付し、同月二十六日公売を行つたのであるが、公売通知後斯る短期間内に公売を実行することは公売に対し十分対策を講ずる余裕を原告から奪うもので違法である。以上述べた違法な公売処分は被告の公務員たる熊毛町長有馬貢および同町徴税課長荷本正雄が主体となつて行つたものであるが、右両名はその職務を行うにつき原告に損害を加えることを知りながら敢えて違法行為をなしたもので、原告は右違法行為により次の損害を蒙つた。即ち原告は公売により前述の如く時価百十万円相当の別紙目録記載(三)の山林を失つた外、公売代金より差引かれた督促手数料等従課合計二万四千三十七円ももともと被告の不当な行政により生じたものとして原告の蒙つた損害に算入すべきであるから、滞納額に充当した九万七千二百五十円、公売処分費に充当した二千七百九十円、原告の受領した供託金額三十一万一千六百四十六円を差引き、結局七十一万二千三百九十四円の損害を蒙つたことに帰する。してみれば被告は原告に対し国家賠償法に従い右損害額の賠償をなすべき義務があるから、原告は被告に対し右損害額の範囲内で金十万円ならびに本件訴状送達の翌日たる昭和三十三年六月十一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ、立証として、甲第一号証の一ないし三、甲第二号証ないし第五号証、甲第六号証の一ないし七、甲第七号証の一ないし三、甲第八号証、甲第九号証の一、二、甲第十号証の一、二を提出し、証人藤井加一、同藤井清の各供述、原告藤井了本人尋問の結果を援用した。
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、熊毛町長有馬貢が昭和三十三年四月二十四日原告の滞納した固定資産税、町県民税、自転車荷車税、国民健康保険税ならびに督促手数料、延滞金、滞納処分費合計九万七千二百五十円の滞納額徴収のため滞納処分として原告所有の別紙目録記載の各不動産を差押え、同年五月十日付で、差押財産公売通知書を原告に送付し、同月二十六日、別紙目録記載(三)の山林につき入札の方法により公売を行い、訴外藤井清を落札者と定め、同人より公売代金四十一万一千六百八十六円の支払がなされたので右代金中より九万七千二百五十円を滞納額に、二千七百九十円を公売処分費に充当し、同月三十一日、別紙目録記載(一)(二)(四)(五)(六)の各不動産に対する差押を解除し差引残額三十一万一千六百四十六円を原告がその受領を拒否したため山口地方法務局徳山支局に供託し、原告が同年七月九日、右供託金を受領したこと、原告が同年五月八日、同町長のなした前記差押について同町長に対し滞納税額中自転車荷車税を除く各税額の算定基礎等に関し釈明を求め異議申立をなしたが、同町長は同月十日付を以て異議申立についてはその理由を認め難きにつきこれを却下すると記載した異議申立却下通知を原告に送付したこと、右公売手続は同町長および同町徴税課長荷本正雄が主体となつてその職務行為として行つたものであることはいずれもこれを認めるがその余の主張事実は否認する。右差押ならびに公売手続は原告が滞納税金の支払をなさないため滞納処分として適法に行なわれたもので何等違法の点はない。一筆の山林の一部もしくはその地上に生育する立木のみの公売は許されないから別紙目録記載(三)の山林につき立木と土地とを一括して公売に付したことは当然である。同町長が原告に交付した異議申立却下通知中異議申立についてはその理由を認め難きにつきこれを却下する旨の記載は異議却下理由の記載として十分であるから、右通知書は地方税法所定の理由をつけた異議の決定書として何等欠けるところはない。結局被告の公務員が職務を行うにつき違法な差押、公売を行つた事実は存しないから、被告が原告に対して損害の賠償をなすべき義務はなく、原告の請求は失当であるから棄却さるべきであると述べ、立証として証人荷本正雄の供述を援用し、甲第一号証の一ないし三、甲第三号証ないし第五号証、甲第六号証の七、甲第八号証、甲第九号証の一、二、甲第十号証の一、二の成立を認め、甲第二号証、甲第六号証の一ないし六、甲第七号証の一ないし三の成立は不知と述べた。
理由
熊毛町長有馬貢が、昭和三十三年四月二十四日、原告の滞納した固定資産税、町県民税、自転車荷車税、国民健康保険税ならびに督促手数料、延滞金、滞納処分費合計九万七千二百五十円の滞納額徴収のため滞納処分として原告所有の別紙目録記載(一)ないし(六)の各不動産を差押え、同年五月十日付で、右各不動産を同月二十六日公売に付する旨の差押財産公売通知書を原告に送付し、同月二十六日、別紙目録記載(三)の山林につき入札の方法により公売を行い訴外藤井清を落札者と定め、同人より公売代金四十一万一千六百八十六円の支払がなされたので右代金中より九万七千二百五十円を滞納額に、二千七百九十円を公売処分費に充当し、同月三十一日、別紙目録記載(一)(二)(四)(五)(六)の各不動産に対する差押を解除し、同年六月九日、差引残額三十一万一千六百四十六円を原告がその受領を拒絶したため山口地方法務局徳山支局に供託し、原告が同年七月九日、右供託金を受領したこと、原告が同年五月八日、同町長のなした前記差押について同町長に対し滞納税額中自転車荷車税を除く各税額の算定基礎等に関して釈明を求め異議申立をなしたが、同町長が同月十日付を以て、異議申立についてはその理由を認め難きにつきこれを却下する旨記載した異議申立却下通知を原告に交付したこと、右差押ならびに公売手続は同町長および同町徴税課長荷本正雄が主体となつてその職務行為として行つたものであることはいずれも当事者間に争がない。そこで以下右差押および公売手続が違法であるとの原告の主張につき順次判断する。
(一) 国税徴収法所定の滞納処分たる差押は公売とは異り一時滞納者の財産の処分を制限するに止まるものであるから、滞納者の財産を如何なる範囲で差押えるべきかは滞納処分の執行者が滞納額徴収に必要と認める限りその合理的裁量によつて決し得るところであつて、単に差押財産の価格が滞納額を超過しているからといつて直ちに該差押を違法とすることはできないけれども滞納額に比較して差押財産の範囲の決定が合理的な裁量の範囲を超え甚だしく不当であると認められる場合には右差押は全体としては違法であると解するのが相当である。本件においては、公売に付されたのは別紙目録記載(三)の山林のみで、しかもその公売代金を以て滞納税額及び滞納処分費を充足してなお余があつたにも拘らず熊毛町長は別紙目録記載(一)ないし(六)の山林全部を差押えたのであるから、右差押は全体としては違法ではないかの疑を払拭することはできない。
しかしながら数個の不動産に対する差押が全体としては違法と解せられる場合においてもその一部の公売によつて滞納税額を満足することが判明したため、他の部分の差押が解除されたときは、右一部の不動産に対する差押に関する限り(右一部のみの差押が違法でない場合において)右違法は治癒せられるものと解するのが相当であるところ、右の如く別紙目録記載(三)の山林のみが公売に付せられ同記載(一)(二)(四)(五)(六)の各不動産は公売に付されることなく差押が解除されたのであるから仮に別紙目録記載(三)の山林のみならず同記載(一)(二)(四)(五)(六)の各不動産をも差押えたことが超過差押として違法であつたとしても右差押の解除によつて少くとも右(三)の山林に対する差押は(右(三)のみの差押の場合に違法でない限り)違法性を治癒されたものといわなければならない。しかるところ原告は本件において同記載(三)の山林の公売により損害を蒙つた旨主張しているのであるから、同記載(一)(二)(四)(五)(六)の各不動産の差押が違法であつたとしてもその違法が右の如く違法性を治癒せられた右(三)の差押に影響を及ぼすものとは解し難く、而して証拠上同記載(三)の山林のみの差押がそれ自体合理的裁量を越えた不当な超過差押であると認めるに足る資料は存しない。
(二) 滞納処分たる公売については公売すべき財産の範囲は徴収すべき金額を収納するに足ると目される限度に止めるべきであるから、公売に適したより低価格の物件があるのに拘らず、特段の事情もないのにこれを差し措いて著しく高価な他の物件を公売することは許されないと解すべきであるが、本件においては別紙目録記載(三)の山林以外にこれより低価格で而も公売代金により十分滞納額および公売処分費を完済するに足る不動産があるのにこれを無視して公売を行つたと認むべき証拠は存しないから、右山林を公売に付したことを以て違法とすることはできない。
土地に生育する樹木も立木に関する法律の適用ある場合には独立して取引の対象となるし、右法律の適用のない場合でもいわゆる明認方法を施すことにより地盤から独立して所有権移転を認め得る場合があるが、本件において右山林が右法律の適用を受けるものであるとの事実は原告の主張立証しないところであり、又明認方法による公示は立木を地盤から独立して取引の対象とすることの多い従来からの取引慣行に従つて特に例外的に認められたもので、公示方法としては不完全なことを考慮すれば、立木に関する法律の適用なき樹木についてはたとえ明認方法を施しても地盤と樹木とを分離して公売に付することは認め得ないと解すべきであるから、右山林につき地盤と樹木とを一括して公売に付したことは当然の措置であつて違法はない。
(三) 成立に争のない甲第一号証の三によれば、熊毛町長有馬貢より原告に交付された同町長名義の異議申立却下通知なる文書はその記載上原告の申立てた滞納処分に対する異議を却下する旨の決定書であることは明かである。滞納処分に対する異議の決定書には理由を付さねばならないことは地方税法の規定するところであるが、理由を付するのは異議申立人に対し異議事由に対する判断を明かにして理解させるためであるから記載すべき理由の程度は異議事由の如何により必ずしも一律ではなく、異議事由が明瞭を欠く場合や、それ自体滞納処分の効力に何等関係なく本来異議の事由となり得ないことの明かな事項を主張する場合には詳細な却下理由を付する必要もなく、単に異議事由が明かでない旨もしくは異議事由がそれ自体滞納処分の当否に関係なく本来異議の事由たり得ないものであることを示すを以て足ると解すべきである。而して原告のなした異議申立の事由は課税額の算定基礎等について釈明を求めるというのであるから滞納処分たる差押自体についての瑕疵を主張するのでなく、賦課処分についての瑕疵を主張するに帰するが、証人荷本正雄の供述、成立に争のない甲第三号証によれば、当時本件の賦課処分は既に異議申立期間の経過により確定し争い得ない段階にあつたものと認められ、而も賦課処分についての違法事由はそれに基いて賦課処分が取消されない限り直ちに滞納処分を違法ならしめるものではないから、実質上は賦課処分の違法を主張するに過ぎない原告の右異議申立事由はそもそも地方税法所定の滞納処分に対する異議事由とはなり得ないことが明かであり、斯る異議申立に対しては、却下決定の理由として、右異議申立却下通知に記載された如き、異議申立の理由を認め難きにつき却下するという程度の理由記載であつても、形式上妥当とはいい難いとしても却下決定そのものを違法ならしめ、延いて公売処分をも違法ならしめるものとは到底解し得ない。
(四) 地方税法、国税徴収法、同法施行規則には滞納処分として公売を行うに先立つて滞納者に対し公売執行の通知をなすべき旨の規定なく、滞納処分を行う者には斯る通知をなすべき義務なしと解すべきであるから、本件の滞納処分において、熊毛町長が任意になした差押財産公売通知が公売期日に接近してなされたからといつて公売手続が違法となるものではない。
以上により原告に対する滞納処分としてなされた別紙目録記載(三)の山林に対する差押、公売手続には何等違法の点を認め得ないことが明かであるから、その余の点につき判断するまでもなく原告の請求は理由がない。よつて原告の請求を棄却し、民事訴訟法第八十九条により訴訟費用は原告の負担と定め、主文のとおり判決する。
(裁判官 黒川四海 五十部一夫 高橋正之)
目録
(一) 下松市大字来巻字火ノ迫第五百九十二番地
山林 一反五畝三歩
(二) 同市大字来巻字火ノ迫第五百七十四番地
山林 九畝五歩
(三) 同市大字来巻字火ノ迫第五百七十三番地
山林 五反五畝十一歩
(四) 同市大字来巻字家国第千四十二番地
山林 一反四畝十歩
(五) 同市大字来巻字家国第千三十六番地
山林 三反四畝二十三歩
(六) 同市大字来巻字家国第千三十九番地
山林 一反二十七歩